この春まで1年間、東京外国語大学で外国人留学生たちを相手に英語で日本事情を教えた。国際関係論の非常勤講師として毎週1回の講義で、前期(4月~9月)は「日本人の国際感覚」、後期(10月~3月)は「日本のジャーナリズム」がテーマだった。この授業は、外大が98年秋から始めた国際教育プログラム(ISEP)の一環として行うもので、外大が国際交流協定を結んでいる28カ国44大学から毎年20人ほど受け入れて、彼らの日本理解、国際理解を深めてもらうのが目的だが、ここで取得した単位はそのまま、派遣した大学の単位としても認定してもらえるのが大きな特徴となっている。

世界各国から集まった留学生たちはさすがに優秀で、講義中もひんぱんに質問が飛び出し、議論が弾んだ。私としても、とても活気のある、楽しい授業ができたと喜んでいる。そうした留学生たちの抱いている日本イメージを、ここで紹介したい。

授業風景。いつも白板、黒板をフルに使って日本地図、年表を示しながら講義する。

親切なシニア、不愉快なコギャル

私のクラスでは前期、後期とも開講して1、2ヵ月経ったころ、宿題として「日本と私」というテーマでエッセイを書くよう指示した。単位取得に必要な課題レポートとは別に、彼らの率直な日本観を知りたかったからだ。これには学生たちも喜んで、予想以上に面白いエッセイが集まった。

日本に初めて来た若者たちが一様に驚いて、感心したことは、まず第一に、電車、地下鉄など交通機関が極めて正確に運転していること。第二に、日本人がとても親切だということだった。

トルコからの留学生が記している。

「交通機関があんまり正確なので、イスタンブールで生活していた時のように、『交通マヒで』とか『雨のせいで』などの言い訳がきかない。日本では、時間にルーズな人は信用されないことがわかった。日本では、行儀正しく振る舞おうと努力することが、とても高く評価される。わたしの箸の使い方が下手でも誰も非難しないし、少しでも上達すると、皆で喜んで褒めてくれるので、居心地がとてもいい」

日本人とよく見間違えられる顔だちのフィリピン女子大生にしても、感激している。

「道に迷って困っていると、必ず誰かが声をかけて道案内してくれるし、なかにはわさわざ遠回りしてまで、目的地へ連れていってくれる人もいる。たまたま入ったレストランの女店員は、私が学生だと知ると、日本語を勉強するのに役立つだろうから、と中古のテレビをタダでくれた」

そうした日本人の中でも、「私が一番、尊敬できて、敬服すべきだと思うのはおじいちゃん、おばあちゃんたちだ」と言うのは、ベトナムからの留学生だ。

「日本のお年寄りはいつ、どこで誰に会っても、本当にとても親切で、自分が答えられなかったら、回りの人に聞いて助けてやろうとしてくれる。日本が戦後、目覚ましい経済発展を果たして来れたのは、今のお年寄りたちが若いときに必死で頑張ってきたからではないか」

留学生の日本人評を総合すると、同じ日本人でも同世代の大学生たちはあまり芳しくない。いわく、「勉強よりも遊び、アルバイトに忙しく、ひたすらレジャーを楽しんでいる」(台湾人留学生)。また、朝夕の通勤電車で見かけるサラリーマンたちは、概して「仕事に追われて疲れているようで、元気がない」と映っている。

留学生がもっとも驚いているのが、渋谷、新宿、池袋などの繁華街を跋扈している、いわゆる「コギャル」たちだ。超ミニのスカートと厚底ブーツ、金銀ピンクと派手な色に髪を染めて、顔色を黒く、目の回りと唇を白や発光色に塗るのが流行というが、「きれいとか美人というより、バカとしか見えない」(ベトナム人留学生)と批判的な声が多い。彼女らの日本語も、独特のイントネーションで意味不明の隠語だらけ。ある留学生は、はっきりと「あんな格好をするのは売春婦だけ」と切って捨てた。たしかに、ニューヨークやロサンゼルス、東南アジアなどの赤線地帯でしか見かけない扮装、化粧ではある。

99年秋、東京外語大が開催した「国際交流の集い」には、留学生多数が参加し、にわか編成の混成合唱団が日本の歌を披露した。

カルチャー・ショックと発見

異文化接触によるカルチャー・ショックはまず、自分が育った環境での通念、常識を覆される体験から始まる。例えば、ラオスからの留学生は、学生寮に入居したとたん、寮生のみんなが挨拶してくれるのに驚いた。「私の国では、知らない人に声をかけるのは慎みのない愚か者、と思われている」

お店に入れば、店員に「いらっしゃいませ」と言われ、買わずに出てもありがとうございましたと言われるのにも戸惑った。「ラオスでは、買った人だけにしか、「ありがとう」と言わないから」

町を歩けば男女問わず、黒の上下、コートを着ている人が多いのもショックだった。「ラオスでは、黒は喪服であり、特に黒のスーツは絶対タブーです」

どの国にも特有の伝統、文化があることを痛感させられ、「日本を知ることはとても面白いし、自分の国と対比させて、いろいろ考えさせられている毎日です」と記している。

東京外国語大学外国人留学生平成11年度春の見学旅行(伊豆半島・日本平)。東名高速パーキングエリアにて、富士山を背景に。

トルコ人留学生も、「私の国ではカボチャは惣菜ではなく、食後のデザートでしか食べないし、魚はよく火を通したものしか食べない。でも、もう刺し身も寿司も大好きになってきたし、日本を知ることで自分の国がより良くわかるようになってきた」と認めている。

そうした日本観察は、来日以前の対日イメージを修正し、新たな発見をもたらす。「日本では、道路を歩くにも電車に乗るにも男が先であり、まさしく男性優位の社会だと思ったが、それと同時に家庭生活はみごとなまでに女性優位になっていて、妻が家庭を支配して、夫をうまく操縦していることに感心した」(フィリピン人)

「剣道部に入ってみて、言葉遣いから立ち居振る舞い、準備運動から道具の後片付け、食卓の座りかたから宴席の酒の注ぎ方に至るまで、先輩と後輩の階層秩序が厳然と守られていることに驚いた。こうした序列主義は、欧米なら「反社会的」「反倫理的」と否定されるが、それが日本の歴史的伝統に根ざした文化であり、社会秩序の安定化に役立っていて、一概に批判すべきものではないことがわかった」(カナダ人)

日本での体験が、常にいいイメージを生むとは限らない。それをエジプトからの留学生が克明に描いている。

「新宿で横断歩道を歩いていたら、突然、横から来た自転車にぶつけられて、悲鳴を上げて倒れそうになった。乗っていたのは20代半ばの男性で、私の顔を見ると、笑ってちょっと頭を下げて、そのまま行ってしまった。私はひたすらショックを受けて、あの笑いは何だったのだろう、と混乱する頭で考えたが、わからなかった。あの不思議な”ジャパニーズ・スマイル”は何だ。気持ちが悪く、不誠実きわまりない、と怒りがこみ上げて来た」

救いは、この留学生はきわめて理解力が高く、「自分が加害者になった時でも笑っていられるなんて、日本人は文明国のなかでも最もハッピーでいられる人たちなのだろう」と皮肉を込めて見る余裕があることだった。

和風旅館の大広間で、カラオケ大会(平成11年度春の見学旅行)

日本人若者の政治的無関心に疑問

インドネシアの女子留学生が、好きになった日本人ボーイフレンドとの葛藤を通して、日本人の若者を鋭く批判している。「私の国では、大学生はエリートで、みんな、自国の将来をどうすればいいのか、政治をどう改革すべきか、社会をどう変えるべきかを常に議論しあっている。だが日本人の彼は、そうした話題になると、いつも「わからない。考えたこともない」と繰り返すばかりで、まるで話が進まない。では日本の国家体制が覆りそうな動乱、政治的な混乱が起きたらどうするのか、と聞いたら、彼はそんな社会はイヤだから、どこか他の平和な国に逃げると言う。もし日本がどこかの国から戦争を仕掛けられたり、襲われたらどうするのかと聞いたら、彼は困ったようにしばらく黙ったあと、『アメリカに軍隊を派遣して守ってもらえばいい、普段からそれだけのカネはアメリカに払っているはずだから』と言う。私には、想像もできない衝撃だった。日本の若者に自分で自分の国を守る気持ちもなくて、日本はこれでいいのだろうか」

やはり同じインドネシアの男子留学生は、もっと手厳しい。

「日本の若者がほとんど政治に関心を持っていないのには、ただ驚くばかりだ。友だち同士でも話題にすることさえも避けている。それと日の丸、君が代の国旗国歌法の制定や、タカ派的な発言で知られる政治家、石原慎太郎氏の都知事就任、右翼宜伝カーの横行など、日本の新しいナショナリズムの台頭と深い関係があるのではないか。日本人は戦前、戦中の日本が中国、韓国、東南アジアを侵略し、大変な残虐行為をしてきたことを、意識的に忘れようとしている。そして今、経済大国となったことに驕り、経済援助によってアジア諸国を従属させようとしているのではないか。アジア諸国の間にはそんな不安感、不信感が広がっているのに、日本人は、そうした反発、摩擦を真剣に受け止めようともしていないようだ。歴史の教訓に学ばなければ、同じ過ちを繰り返すのではないだろうか」

留学生たちの目は、「何でも金で解決できる」と思っている「平和ボケ」の日本人の実状を、鋭く見抜いている。その一方で、これからの世界のあり方について、むしろ日本から積極的に教訓を学ぼうとする姿勢もある。授業中、最も熱心に質問していたカナダ人留学生(剣道部員とは別人)は、レポートで次のように述べている。

「電車の乗り方から、敬語の使い方、結論の出し方にしても、日本人は書いてある規則にも、書かれていない規則にも実によく通じていて、集団の和を乱さず、回りの人たちと心理的な摩際を起こさないように、注意深く振る舞っている。これは日本人が、小さな島国に人間がひしめく農村社会をうまく運営していくために築き、答えてきた知恵である。最近ではそれを、個人が責任を持とうとしない集団主義、日本の悪しき無責任体制だと批判する意見が多いが、一概に否定されるべきものではない。地球そのものが人口爆発で人間がひしめく小さな世界になっている現在、今まで以上に人種差別や摩擦、衝突を避ける優れた知恵が求められているのだから」

何事につけ、回りの空気を敏感に感じ取りながら、体制順応で行動し、それを「赤信号、みんなで渡れば恐くない」と自嘲する日本人の生態をよくつかんでいる。実に含蓄のある日本弁護であり、同時に巧みな日本批判であると、感心させられた。

平成11年度春の見学旅行の留学生一行。テーマは「日本を知ろう」

学生たちの率直な授業評価

授業は毎回、90分をフルに使い、前半を講義、後半を討議、としたが、実際には質疑に応じて、私がほとんどしゃべり通しだった。その結果について、学期修了時に、学生たち自身に評価してもらった。その評価基準は、5段階とした。

A=エクセレント(素晴らしい。優れている)

B=フェアー(良い)

C=アベレジ(普通。まあまあ)

D=プア(面白くない、つまらない)

E=オーフル(ひどい。くだらない)

ほぼ毎回出席していた8人が評価表を出してくれて、全部Aだったのが2人、全部Bだったのが1人。あとは各回、Aがほとんどで、Bがいくつか、Cも1つだけあった。自由記入の感想では、「面白くて楽しい授業だった」「とてもよくまとまった講義で、いい勉強になった」と、概して好評だったのにはホッとした。

参考になったコメントは、

「私は英語があまりできないので、講義を理解するのに大変だった。関連資料を当日でなく事前に渡してくれていたら、もっとよく準備できたのに」

「ジャーナリズムの授業で講師が元新聞記者なら、当然、新聞社を見学して、現役の記者、編集者たちと意見交換する機会を設けてほしかった」

「配布資料(コピー)についても学生たち同士で議論する時間がもっとほしかった」

この評価表の原文は、すべて大学事務局に今後の参考資料として譲り渡したが、あらためて、「救えることは、教えられることである」という事実を、痛感させられた次第だ。

衣を着て、はんてんをはおって